「心の病と低血糖症Ⅱ」

 

東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる

石川啄木『一握の砂』

 

明治の詩人、石川啄木の有名な歌です。

啄木は他にも「はたらけど はたらけどなほわがくらし 楽にならざり ぢっと手を見る」などと生活の苦しさを歌ったものが多いですね。

ところで、この石川啄木が悩まされていたかもしれない“ある病気”についてご存知でしょうか?

 

◆石川啄木は重度の『低血糖症』

心理栄養学のパイオニア、岩手大学名誉教授の大沢博さんの心理学的研究によると石川啄木は重度の『低血糖症』という病気に悩まされていたというのです!

貧乏を絵に描いたような啄木ですから、栄養不足だったんだろうなと容易に想像できます。

ところが、この『低血糖症』という病気が現代人に増えていると言います。

飽食の時代である現代において、なぜ低血糖に陥るのでしょうか?

 

前回お伝えしたポイントは、

 ・食事とメンタルは密接に関係しており、低血糖症が心の病の原因になっている。

 ・低血糖症は、“砂糖のとり過ぎ”によって引き起こされる。

 ・メンタルや心の病は食事によって改善できる。

というむしろ飽食の時代だからこそ起きている現象でした。

 

一方、啄木はというと明治41年、22歳のときに小説家として文壇で活躍すべく上京し、親友の金田一京助(言語学者)が住んでいた下宿宿に同宿していました。

この下宿時代に、啄木は小説や大量の歌を創作しましたが、日常生活はひどく不規則でした。

啄木は不眠の結果として朝食抜きになり、エネルギー源の補給が減少していたのにもかかわらず、徹夜同然で大量作歌を繰り返していました。

日記には、悲壮感、頭痛、不眠、妄想に悩まされている様子が伺え、二ヵ月後には、うつ病の症状が現れ自殺願望を抱くようになります。

そして、ある日未払いの下宿料を催促され、払わなければすぐ出て行くよう言われたのを苦にして、発作的に自殺を図りました。

金田一は啄木から「電車の前に飛び込んだが、車掌にどなられて思わず線路から飛び出した」と未遂に終わった自殺の顛末を聞いたと日記に記しています。

それから4年足らず後の明治45年啄木は26才という若さで亡くなっています。

死因は肺結核とされていますが、啄木は貧しさゆえに「極度の粗食」を強いられ、それによる栄養失調が症状を悪化させることになったようです。

 

◆極端な“糖質制限ダイエット”には気をつけよう!

飽食の時代である現代において、貧しさによって栄養失調に陥っている人は少ないかもしれません。

しかし、栄養失調は“食事の偏り”によっても引き起こされます。

例えば、無理な糖質制限を行った場合、血糖値が上がらず低血糖状態が続いてしまいます。

糖質不足という原因は異なりますが、これも低血糖症ということになってしまいます。

低血糖症が心身に大きな負荷をかけることは、前回からお伝えしている通りです。

そのため、近年流行っている“糖質制限ダイエット”も短期間なら体重減少効果が得られて良いのですが、お米をまったく食べないなど恒常的に極端な糖質制限を行うことはあまりおすすめできません。

“米ばなれ、砂糖とり過ぎ”いずれも避けるべき

です。

幸い、お米をはじめとする穀物の糖質(炭水化物)は多糖類で分子数が多いため摂取しても吸収されにくく、血糖値が急激に上昇することはありません。

白砂糖などの精製糖は急速に吸収されてしまうので、血糖値を危険な値まで上げてしまいます。

お米も食べ過ぎれば太るでしょうが、まったく食べないというのもリスクがあるということを覚えておいてください。

 

◆うつ病への耐性を上げる食事とは?

うつ病への耐性を上げる食事についてご紹介したいと思います。

食事が低血糖症やうつ病を引き起こしたり、悪化させたりするのならば食事によって改善もできるということです。

それは、

三大神経物質のひとつである『セロトニン』の前駆物質である、アミノ酸の“トリプトファン”を多く含む食物をとる

ということです。

たとえば、バナナ、大豆、赤身の魚などが挙げられます。

トリプトファンは、アミノ酸の1種で脳内へ運ばれる数あるアミノ酸のうちの一つです。

脳内へアミノ酸が到達するには血液中のアミノ酸トランスポーターという物質が必要です。

個々のアミノ酸トランスポーターは血中の様々なアミノ酸のうちから一つしか運ぶことができません。

すなわち、血中にトリプトファン意外のアミノ酸が溢れている状態ではトリプトファンが脳内へ効率的に運ばれることがないのです。

たとえタンパク質が豊富な魚、豆などを摂取しても、血中に様々なアミノ酸が混在していては、脳内ではトリプトファンが不足してセロトニン不足が起こることさえあります。

そこで、

脳内への効率的なトリプトファンの供給を手助けしてくれるのが“炭水化物”

です。

炭水化物は肝臓でブドウ糖になり、血液中の糖分である血糖値を上昇させます。

血糖値が上昇するとインスリンが分泌されるため、血液中にあるブドウ糖を全身の細胞へと取り込ませて血糖値を下げるとともに、血液中のアミノ酸を骨格筋へと取り込ませて、筋肉の材料にする働きを持っています。

インスリンによって、血液中のアミノ酸類は筋肉へと取り込まれていきますが、トリプトファンは筋肉細胞へは取り込まれることがありません。

そのため、

インスリンが分泌されると、結果として血液中のトリプトファン以外のアミノ酸濃度が低下し、アミノ酸トランスポーターは血液中にあるトリプトファンを取り込んで脳内へとたくさん送り込むことができる

ようになります。

その結果、脳内でセロトニンの合成が促進されることになります。

つまり、食事で炭水化物を一緒にとりましょうということです。

4月、5月は新生活でストレスがかかりやすい時期です。上記のような食品を食事に取り入れてイキイキと良い季節をお過ごしくださいね♪

 

◆三大神経物質であるセロトニンの役割とは?

最後に、三大神経物質といって脳内や中枢神経系で働く神経伝達物質であるセロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンについてご紹介します。

この3つの神経伝達物質は、人の感情や精神面、記憶や運動機能、睡眠といった人体の重要な機能に深く影響を与えているものです。

それぞれの特徴を簡単にまとめてみましょう。

ドーパミン

快楽を司り、報酬系と言われる神経伝達物質。向上心やモチベーション、記憶や学習能力、運動機能に関与するノルアドレナリンの前駆体。

分泌が不足すると物事への関心が薄れ、運動機能、学習機能、性機能が低下する可能性がある。

一方、ドーパミンの分泌が過剰だと、統合失調症や過食症、アルコール依存症など様々な依存症を引き起こす可能性がある。

ノルアドレナリン

物事への意欲の源、生存本能を司る。

ストレスに反応して怒りや不安・恐怖などの感情を起こすため、“怒りのホルモン”や“ストレスホルモン”と呼ばれる。

また、交感神経を刺激して心身を覚醒させる働きがある。アドレナリンの前駆体。

分泌が不足すると、気力や意欲の低下、物事への関心の低下など抑うつ状態になりやすいとされ、うつ病の原因とも考えられている。逆に分泌が過剰だと怒りっぽく、イライラ、キレやすくなり、躁状態を引き起こす。

血圧が上がるため、高血圧症や糖尿病の原因にもなる。

セロトニン

精神を安定させる役割を担っている。

ノルアドレナリンやドーパミンの分泌をコントロールして暴走を抑える。

咀嚼や呼吸といった反復する運動機能にも関与している。

セロトニンが不足すると、ぼーっとしやすく、鬱っぽくなる。

パニックを起こしやすいなどの症状が現れる。投薬などで過剰になると精神が不安定になり、発汗や発熱、、震えなど、セロトニン症候群という症状が起こることがある。

上記のようなセロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンがバランスよく分泌されることで、心身のバランスも保たれているということです。

物事への興味や関心を得るためのモチベーションは、ドーパミンが放出されることで得られる“快感”によって生み出されていると考えられています。

一方、ドーパミンによる快感だけを追い求めると、際限なく満足できない状態になるためドーパミンの働きにブレーキをかけて、正常な精神状態、つまり平常心を保つ役割をするのがセロトニンということになります。

また、ノルアドレナリンによる身体の興奮もセロトニンが鎮静しているという関係があります。

ノルアドレナリンは、主にストレスに反応して分泌される物質で、ストレスに対して怒りや恐怖、不安などの感情の反応を示します。危険な状態に陥らないよう、不安を抱くことで注意力や集中力を高めることを促す原始的な本能によるものです。

そのため、ノルアドレナリンは脳を覚醒させ、集中力や判断力を高めますが、一方で興奮作用があるため、分泌されると怒りっぽく、イライラしやすくなったり、躁状態になりやすくなります。

このようなノルアドレナリンが過剰に働こうとするときは、セロトニンの抗ストレス作用によって怒りや恐怖と言った不安を鎮めて、感情を安定させています。

「快楽を司るドーパミン」と「怒りのホルモン・ノルアドレナリン」に対して「鎮静作用を持ち、安定させるセロトニン」という構図ですが、ドーパミンとノルアドレナリンの分泌されるときの違いはなんでしょうか?

それは、ノルアドレナリンが分泌されるストレスと、ドーパミンが分泌されるストレスの違いです。

ノルアドレナリンが反応するのは、暑い/寒い/痒い/痛い/苦しい/辛い/悲しいなど、肉体や精神が感じる“不快な刺激”に対してです。

一方、ドーパミンは“欲望や渇望”という形でストレスを生み出します。

何かをしたい、何かが欲しいといった欲望は達成されないうちはストレスでもあり、それが物事への意欲やモチベーションへとつながっているのです。

以上より、

何かを成し遂げたいという意欲や積極性、そして時には節度を守るための自制心や平常心、判断力、こうしたバランスを保つ上でご紹介した3つの神経伝達物質のバランスが大切

なのです。

 

◆まとめ

・石川啄木は、栄養失調と不規則な生活で重度の低血糖症だった。

・砂糖のとり過ぎでも糖質不足でも低血糖症になりうる。

・精神を安定させるセロトニンの元となる“トリプトファン”と“炭水化物を一緒に”とってストレス耐性を高めよう。